真に学術・研究を目的とするブログを発掘する
by dongurim
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掲載の批判についての回答
 コメント欄にて特定のブログについて名指しでその掲載を批判する方がいましたので、そのことに関して述べさせていただきます。その批判の論点は、「先人の業績をほぼ無視」、「アカデミックな業績の蓄積をほぼ無視」というものです。コメント欄に入り切らないので、ここで回答させていただきます。

 過去の学術を土台にしていないことや、現在の潮流に乗っていないことが、学術でないことを意味するとお考えなのでしょうか。私はそうは思いません。学問の発展にとって、そのようなことはどうでもよいことだと思います。場合によっては、「先人の業績」も「アカデミックな業績の蓄積」も真理の探究の足かせになりえます。

 奇抜に思える理論であっても、将来、主流にならないとも限りません。少なくとも、既成の学術に何らかの影響を与えるかもしれません。あるブログに次のようなことが書かれていました。参考になると思います。
 学問の歴史を振り返ってみて下さい。ダーウィンの進化論は、当時主流であったキリスト教による説明とは全く相容れないものでした。最初は社会から受け入れを拒否されたのです。地動説についても同じ様なことが言えます。

 当ブログが掲載の基準のとしているのは、その研究対象がこれまで学術としてなされてきたものかどうか、そこで語られる「内容」が学術的なものかどうかということです。過去の学術を土台にしているかどうかとか、既に蓄積されている学術の業績に言及しているかどうかという形式的なことは全く関係ありません。学生の論文を評価する基準で掲載を決めているわけではありません。

 ご不満であれば、堂々と、ご自分のブログかホームページにて当該ブログの理論を打ち砕いてみせてはどうでしょうか。彼等に「あなたのは学術ではありません」と言うだけでは、ご自分の学術観を押し付けるだけに終わってしまいます。それらのブログを学術だと評価するほかの人達も納得してくれないでしょう。「真理の探究」という視点に立ち返って考えていたければと思います。
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# by dongurim | 2009-12-04 10:10 | 掲載の選考について